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シネマ

ふわふわと淡いベールに包まれたトンガリ度120%映画『空気人形』

ストーリー

古びたアパートで、持ち主である秀雄と暮らす空気人形――空っぽな誰かの「代用品」。
ある朝、本来持ってはいけない「心」を持ってしまう。
秀雄が仕事に出かけると、洋服を着て靴を履いて、街へと歩き出す。
初めて見る外の世界で、いろいろな人間とすれ違い、つながっていく空気人形。
ある日、レンタルビデオ店で働く純一と出会い、その店でアルバイトをすることに。
密かに純一に想いを寄せる空気人形だったが、
彼の心の中にどこか自分と同じ空虚感を感じてしまう……。

写真/瀧本幹也

「メイド服を着たおかっぱ頭のぺ・ドゥナ演じる空気人形が、ある日突然ココロを持ってしまう」、というあらすじを読んだだけで、自分の中でもうすっかり甘酸っぱいフワフワした勝手なイメージが出来上がっていたのですが、この映画、「あらゆる意味で想像以上」、だったんです。


韓国映画の『子猫をお願い』を観て以来、「ぺ・ドゥナは類まれなる才能を持った女優である」、とは重々承知していたつもりですが、正直「あら、ぺ・ドゥナって、ここまで可愛かったっけ?」とか、「うわぁ、こんなにスタイルよかったの!?」といったうれしい驚きを存分に味わえると同時に、「ムムム、このエロさはなんと!」とか「もしやこれってファンタジーと見せかけて実はホラー?」と思わせるショッキングな場面もあったりして、実はなめて掛かると火傷しそう。

というのも、2001年の『DISTANCE』、2004年の『誰も知らない』に続き、2009年のカンヌ国際映画祭の「ある視点」部門に選出されたこの作品、業田良家の短篇漫画『ゴーダ哲学堂 空気人形』を原作に、『歩いても 歩いても』の是枝裕和監督が、9年もの間温め続けたという最新作なのですから、そう一筋縄にいくはずもありません。


空気人形の生みの親にオダギリ ジョー、虚言癖のある孤独な婦人に富司純子、空気人形の持ち主に板尾創路を配するなど、是枝監督ならではの贅沢なキャスティングと、あえて多くを語りすぎない姿勢はこの作品でももちろん健在です。


 
是枝監督と初めてタッグを組んだ台湾生まれのリー・ピンビンによる透明感あふれるカメラワークと、謎めいたユニットworld’s end girlfriendによる音楽が、この映画の持つ独特の世界観を形作っています。


この映画、恐ろしく蠱惑的な腰のラインを持つ、ぺ・ドゥナありきの映画であることは間違いありません。

水滴を手のひらにうけながら「キ・レ・イ」と言葉を発し、自らの意思でお気に入りの服を選び、街へと飛び出すなんともキュートな空気人形のクルクル動く大きな瞳。まさに生まれたての赤ちゃんが初めて世界と接する瞬間を目の当たりにしているかのような瑞々しさ。

ですが、もちろんぺ・ドゥナ讃歌のみに留まるはずもなく、寓話的な様相を呈しながら、鋭い現代批評になっていることに気づかされるのです。


 

誰もが空っぼな「代用品」-。自らの影が透けてしまわぬよう、みんな必死で隠してる。

『空気人形』には、「空っぽなココロ」を持つ様々な「空虚人間」が登場します。

中でも、老いを受け入れられず執拗に若さを求める受付嬢、不安や虚しさを食べ物で埋めようとする過食症のOL、TVで耳にした事件を全て自分がやったと主張する孤独な老女……といった3つの世代の女性たちが抱える空虚感を的確にえぐり、現代人のココロの闇を浮き彫りにする場面では、その滑稽なくらい健気な姿に胸が締め付けられるほど。


と同時に、都会の片隅でひっそりと暮らすひたむきな人々の姿を、否定も肯定もせず、あたたかく見つめ続ける視線を感じることができます。



なんといってもこの映画の見どころは、空気人形の正体を知ってしまったARATA演じるビデオ屋の店員純一と、彼に恋をする空気人形が交わす、世にも官能的な愛のシーン。

空気人形のおへそから空気を思い切り吹き込んでは、シュルシュルと空気を抜くことに悦びを見出す純一と、「空っぽなカラダ」を愛する人の息で一杯に満たされながら、恍惚の表情をうかべる空気人形。互いに相手の存在なくしては、自らの空虚さを埋められないことを知った二人が辿り着いた世界は、哀しくも圧倒的なうつくしさを放っています。




ココロを持ってしまったがゆえに、恋する切なさと孤独を知り、生きる意味を自問自答する空気人形は、「君が見た世界は…綺麗なものもあった?」と人形師に尋ねられ、改めてこの世界と向き合うことを選びますが、その行動が都市のありふれた日常に潜む光と影を色濃く照らします。

空気人形の眼に映った街の断片や行き交う人びとの姿は、人形が痛みを引き受けた分、ほんのすこしだけ浄化されたのかも-。

ヒリヒリと低温火傷を感じながらも、そんな切なさに思わず浸りたくなる映画です。

 

写真/瀧本幹也

『空気人形』

2009年9月26日(土)、シネマライズ、新宿バルト9ほか 全国順次ロードショー
Ⓒ2009 業田良家/小学館/『空気人形』製作委員会
監督・脚本・編集:是枝裕和
原作:業田良家「ゴーダ哲学堂 空気人形」(小学館ビッグコミックススペシャル刊)
出演:ペ・ドゥナ、ARATA、板尾創路、高橋昌也、余貴美子、岩松了、星野真里、丸山智己、奈良木未羽、柄本佑、寺島進、オダギリ ジョー、富司純子
撮影監督:李屏賓
美術監督:種田陽平
美術:金子宙生
照明:尾下栄 治
録音:弦巻裕
装飾:西尾共未
衣裳デザイン:伊藤佐智子


筆者プロフィール

渡邊 玲子(わたなべ・れいこ)

元映画配給会社勤務(主に宣伝と字幕制作を担当)

白金台の一軒家での7人暮らしを経て、現在は郊外の実家に居候中。
最近はもっぱら早寝早起き。アートと本と音楽にまみれた日々を過ごす。趣味は書道とカメラ。
思いがけないところで人脈がつながることが多く、広い世の中の狭さ加減に改めて驚く今日この頃。

(2009 年 9 月 26 日)

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