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シネマ

小さな村のモダンレディ『マルタのやさしい刺繍』

 

 

 

ストーリーは……

スイスの小さな村、トループ村に住む80歳のマルタは、最愛の夫に先立たれ生きる気力をなくし、意気消沈しながら毎日をただ何となく過ごしていた。そんなある日、彼女は忘れかけていた若かりし頃の夢、“自分でデザインして刺繍をした、ランジェリー・ショップをオープンさせること”を思い出す。しかし保守的な村では、マルタの夢はただ周りから冷笑され軽蔑されるだけ。それでもマルタは友人3人とともに夢を現実のものとするために動き出す。スイスの伝統的な小さな村に広がる、夢に向かって頑張るマルタと彼女を支える仲間たちの夢と希望の輪。マルタの刺繍が、人々の心をやさしくあたたかく紡いでゆく……。

 

 

このセリフがよいのです。

「賞味期限はありません」by 主人公マルタ(80才)のセリフ

この映画の最初と最後に、商品の「賞味期限」に関するお客とのやり取りが2回登場するが、後半のこのセリフには、主人公マルタの自信とウィットが感じられ、思わずニヤリとさせられる。

映画のストーリーを読んで真っ先に頭に浮かんだのは、『女は下着でつくられる』(国書刊行会 )、『わたしは驢馬に乗って下着をうりにゆきたい』(筑摩書房)などで知られる鴨居羊子さんのこと。

日本でもまだ女性が下着にウツツを抜かすなんて破廉恥! と言われていた頃、斬新なデザインの下着をいくつも生み出しては、世の女性を夢見心地にさせていった仕掛け人ともいえる羊子さんと、封建的なスイスの小さな村で、昔からの夢だったランジェリーショップをオープンさせる80歳のマルタとは、国や時代や世代こそ違えども、もしも二人が出会っていたなら、きっと意気投合したにちがいない。

そのむかし、小学校の国語の授業で「好きなことわざ」を調べて発表するという課題があって、例に上がった「河童の川流れ」をどこか滑稽に感じたわたしは、数あることわざの中から「昔取った杵柄」を選んだ。10歳にしてはずいぶんとまあシブいセンスだと思うが、子どもながらに「かっこいい老人像」をイメージしていた。

年をとってから思いがけなくも若かりし頃に得意だったことに再びスポットライトがあたる、というようなニュアンスで記憶しているが、夫に先立たれ意気消沈しているマルタも、村の合唱団の旗の補修を頼まれたのをきっかけに、若い頃得意だった下着づくりに没頭していく。

何か新しいことを始める時は、必ず周囲の反発や痛みを伴う。

いろんなことを諦めながら毎日を駆け抜けるように生きてきた女たちにとって、繰り返される日常を夢見がちなまま過ごすのは、せつなく苦しいことであるかもしれない。

だけどもし人生の残りの時間、今の生活にちょっとだけ新しいことを取り入れて、気心の知れた仲間と一緒にワイワイしながら始めてみたら、あら不思議、みんなが笑顔になってゆく……。

この映画、言ってしまえば、NYならぬスイスの片田舎を舞台にマルタと3人の友人たちが織りなす、大器晩成型『セックス・アンド・ザ・シティ』だ。

保守的な思考の友人も、一緒になって悩んで応援してくれる友人も、立派なことを言いながら現実には矛盾を抱えている牧師の息子も、マルタの夢を叶えるためにはみんな必要だった。

パリのシャンゼリゼ通りにランジェリーショップを開くのはさすがに夢物語だったとしても、古びた雑貨店を改装して、自分でデザインして刺繍を入れた下着を、思い通りに飾り付けたお店を始めるのは日常と地続き。

夢は見るものじゃなくて、現実に引き寄せるもの。

この映画の魅力は、マルタもその友人も、夢にむかって一気に突き進むかと思いきや、さまざまな外的要因と心境の変化によって、何度となく立ち止まって、これから進むべき道を迷うところにある。

いくつになっても、まだまだ人生に迷っている。

「下着には賞味期限はないわよ」と、雑貨店時代、商品に難癖をつけていた常連客にいうシーンがあるけれど、夢にだって賞味期限はない。

後藤繁雄さんが『独特老人』(筑摩書房)のなかで、「一番古いが一番あたらしい」と称していたとおり、常に時代の最先端にいるのは老人だ。

あたまの固い村人は、ブラジャーやショーツに、村に古くから伝わる刺繍のパターンを取り入れることを伝統に傷がつくと非難するが、実はこういった試みこそが伝統を継承している。その証拠に、この可愛らしいランジェリーに真っ先に飛びついたのは、案の定若い女の子たちだった。

いつだって、夢の実現のために必要なのは、ほんのちょっとの勇気と、心から信頼できる友人に背中をもう一押ししてもらうこと。

誰もが好きなことを仕事にすることが幸せだとは限らないけれど、マルタが生地屋さんでレースを手に取りながら思わずうっとりとした表情を浮かべてしまうように、触れたらついつい時間を忘れて没頭してしまう事柄の一つや二つは誰しもが持っている。

それを今ひとたび始めてみるだけでも、日々の暮らしに潤いが生まれ、生きる活路が見いだせるような気がする。
そう、欲しいのは「きっかけ」と「ていのいい口実」なんだ。

この映画は、決して人生のページが残り少なくなった老人のためだけにあるわけじゃなく、今これから社会に出ようとする人も、働きはじめて、でもやっぱり何か違うかも、と戸惑っている人も、みんなそれぞれが感じ取れるメッセージが沢山つまっている。

最近疎遠の母親や、思いきっておばあちゃんを誘って一緒に見てみたら、帰り道、喫茶店の片隅で彼女たちの昔の夢の話が聞き出せるかも。

クローゼットの奥に仕舞いこまれて眠っているバラの小箱は、いつかきっと開けてもらえる日がくるのを、準備万端整えて、じっと待っているはずだから。

『マルタのやさしい刺繍』は10月18日(土)、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー!
©2006 Buena Vista International (Switzerland)
配給:アルシネテラン
上映時間:89分
公式HP

筆者プロフィール

渡邊 玲子(わたなべ・れいこ)

元映画配給会社勤務(主に宣伝と字幕制作を担当)

白金台の一軒家での7人暮らしを経て、現在は郊外の実家に居候中。
最近はもっぱら早寝早起き。アートと本と音楽にまみれた日々を過ごす。趣味は書道とカメラ。
思いがけないところで人脈がつながることが多く、広い世の中の狭さ加減に改めて驚く今日この頃。

(2008 年 10 月 15 日)

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